幸福の科学の学校建設を考える

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幸福の科学はカルトなのか?

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(2009年9月18日PJNewsより。表をクリックするとはっきりと読めます)

2009年9月18日のPJNewsには「幸福の科学は“カルト”なのか」という記事がある。

幸福の科学はカルトなのか。

ジャーナリストの藤倉義郎氏は「私自身は、カルトである可能性を念頭に置いて警戒すべき対象であると考えている」と書いている。

日本ではカルトの定義は明確でない。

藤倉氏によると、「カルト問題に取り組む人々の間でコンセンサスとなっている判断基準は、“人権侵害などの反社会的要素があるかどうか”である」らしい。

オウム真理教によるサリン事件や統一協会による霊感商法の数々の訴訟はわかりやすい典型的な例だ。しかし、藤倉氏は、「人の精神や行動を束縛し、その手段や結果に反社会的な要素があれば、私はカルトと呼ぶ」と言っている。

では、幸福の科学のどこが反社会的なのかについて、PJNewsの記事によると次の点だ。

(1)フライデー事件を反省していないこと

1991年の「フライデー事件」では幸福の科学の信者たちは講談社に乗り込んでハンドマイクでがなりたて、電話やFAX攻撃で会社業務をマヒさせた。
フライデー事件では、教団が原告となった訴訟のほかに、全国7つの地方裁判所で信者約3000人が講談社を相手取って訴訟を起こした。賠償請求額の合計は約30億円。教団が原告となった訴訟については教団が勝訴したが、個々の信者による訴訟は、フライデーの記事で実名を挙げられた作家・景山民夫氏と女優・小川知子氏について計60万円の賠償が認められただけで、ほぼ全敗。これによって、団体が名誉を傷つけたとしても個々の構成員に賠償請求権はないとする判例が確立された。

しかし、教団はこれらを<希望の革命>と呼んで反省はみじんもないのだ。


(2)常軌を逸した額の損害賠償を求めて訴訟を乱発してきたこと

幸福の科学は、これまでメディア以外に対しても手当たり次第に牙をむいた。1993年には、暴露本を出版した元幹部に対して、幸福の科学が1億円の支払いを求める訴訟を起こした(最高裁で敗訴)。95年には、教団の施設建設に反対していた栃木県の住民団体代表者を相手に、1億円の賠償金を求める訴訟を起こした(その後、取り下げ)。

1997年には、幸福の科学から献金を強要されたと主張する被害者の訴訟代理人・山口広弁護士に対して、8億円の損害賠償を求め提訴した(最高裁で敗訴)。山口弁護士を訴えた訴訟の判決で東京地裁は、提訴を「教団を批判する者に対する攻撃、威嚇の手段として訴訟制度を利用」しようとしたとして、逆に幸福の科学に100万円の賠償支払いを命じている。高裁で、この判決が確定した。

PJnewsに掲載されている幸福の科学が起こした訴訟の数々が上の表。
これは裁判所を、メディアや地域住民に対する「威嚇攻撃」の道具として使っているようにも思える。

藤倉氏はこう書いている。

宗教団体にも訴訟を起こす権利はある。しかし「攻撃、威嚇の手段として訴訟制度を利用」するのは、どう考えても反社会的だ。もはや“訴訟カルト”と呼ぶ以外ない。

幸福の科学の広報は
「うちは、もう10年くらい、訴訟もほとんどなく、おとなしくしているんですよ」
と言っているらしい。

では、最近おとなしいからもう安心なのか?

藤倉氏は「その後、ほとんど訴訟がない(新潮社を訴えたケースはある)とは言え、本格的な批判報道がない中でのことだから、“安全宣言”の根拠としては不十分だ」という。

要するに、安全でない理由は過去に起こしたことに対する反省がないからだ。
反省がないところに同じ行動を引き起こさない保証はないというのだ。

「批判報道がない現状自体が、そもそもフライデー事件の威嚇効果なのではないか。幸福の科学の関連サイト<幸福の科学 法務室>には、彼らの対メディア闘争の歴史が記されているが、高額な賠償を請求した濫訴への反省はない。フライデー事件の頃にはなかったインターネットが普及し、一般市民の言論の幅が広まっている現在だからこそ、反省なき“訴訟カルト”は、よりいっそう警戒されるべき存在だろう」(PJNewsより)

たしかに幸福の科学のホームページには法務室というページもある。
これがとても詳細に書かれているので、法律の素人が一通り読んだけでは問題がわからないように思う。

しかしよく読むと、自分の負けた8億円損害賠償訴訟などは「誤判」と断定しているし、フライデー事件については、マスコミ報道を「精神的公害」と決めつけ、自分たちの行動を<希望の革命>と呼んでいるのだ。

事実と照合して判断しないとわからないように、<法務室>のページは巧妙に作られているのだ。

法律に対して、こういう感覚の団体は、もはや地域社会と平和的に共存することは不可能だと思える。

PJNEWSの記事はこちら
幸福の科学は“カルト”なのか 2009年09月18日 06:20 JST
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by ooginosatoeast2 | 2011-01-16 08:15 | 裁判