幸福の科学の学校建設を考える

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大川隆法『太陽の法』、麻原彰晃『真実の仏陀の教えはこうだ』

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この二冊を読むと、「毒をもって毒を制す」とはこのことかいう感じだ。

こういう本を読むと宗教の教義とは何なのだろう?と思う。

仏教理解は麻原の方が正しいと1990年代初めは言われていたが、サリン事件などが起きたのですべてがなかったことになったのだろう。

『太陽の法』を読むと、幸福の科学という宗教のSF的であり、オカルト的でもある特徴がよくわかる。

大宇宙の根本仏(根本神)は、おそらく二十次元以上の存在。
地球系としては、十次元までしかなく、太陽系としては十一次元ある。
(p.44)

しかし、九次元の悟りが大事で、九次元の世界は、縦、横、高さ、時間、精神、真理知識、利他、慈悲、宇宙で構成される。
九次元世界の住人は、大宇宙の進化のなかで、地球系霊団を指導している方たち。(p.42)

九次元の悟りを得ている大指導霊は10人いる。
(表側)
釈迦(エル・カンターレ)
イエス・キリスト
孔子
マヌ
マイトレーヤ
ニュートン
ゼウス
ゾロアスター
(裏側)
モーセ
エンリル
(p.234)

かつて、金星の支配者であり、地球霊団の最初の九次元存在であったエル・ミオーレがエル・カンターレと名前をかえた。意味は、「うるわしき光の国、地球」。このエル・カンターレが2500数十年前に、釈尊としてインドにあらわれた。釈尊はその後、転生する。

ラ・ムー(ムー大陸)
トス(アトランティス大陸)
リエント・アール・クラウド(古代インカ帝国)
オファアリス(ギリシア)
ヘルメス(ギリシア)
ゴータマ・シーダールタ(インド)
大川隆法

と生まれ変わるのだ。(p.359)


こうなってくるともうどうでもいいような気がする。

しかし、1991年当時は、オウム真理教などの活動が活発だった時期で、麻原彰晃は幸福の科学の「太陽の法」などを以下のように批判した。

・一貫した世界観がなく、仏教やキリスト教などのツギハギが混乱を呼んでいる
・「大魔境」としか思えない
・現代科学へのとらわれが世界を小さくする
・悪の根源を他人のせいにする
・仏教の常識が通用しない大川流
などなど。



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幸福の科学は教義のベースを仏教に置いているようだが、麻原彰晃によると、この仏教解釈が大ウソらしい。

八正道が仏教の7科三十七道品の根幹をなす教えらしいが、その八正道の順番が間違っているとのこと。
「正思」の位置が『真説・八正道』では6番目にあるが、『釈迦の本心』では3番目。本当の仏典では2番目らしい。
麻原は大川による「正見」の解釈もデタラメだという。

こういう仏典解釈になると、麻原が伝統的な解釈に基づいているのに対して、大川は独自の解釈をしたのだともいえる。どっちが正しいとかの問題ではないように思う。

幸福の科学の特徴は以下の3つが大きいのだろうか?

・独自の宇宙観。
・転生の具体的人物の特定。
・最高神としてしてエル・カンターレを位置づけ、その転生した具体的存在としての大川教祖を絶対的に崇める。

人生には煌めきが重要で、第一に病からの立ち直り。しかし、その8割は憑依霊につかれたため。
第二に信仰への目覚め。ここで唯物主義を批判する。
第三に「霊言現象」などの霊的啓示を受けること。

つまり大川教祖への憑依した霊が語る言葉が教義と同じ位置に置かれている。
(p.317)

第6章の後半からは、一転して大川教祖の自叙伝が展開される。
宇宙や悟りからいきなり現実世界への転換である。

GLAや高橋信次に対する批判もきつい。
どうみても高橋信次亡き後の信者の取り込みとしか思いようがない。

そして最後はフライデー事件などでの<希望の革命>のこと。

フライデーの大川氏への名誉毀損報道から業務妨害、それらの訴訟にまで発展した一連の事件を教団は<希望の革命>と呼んでいる。
この本でも<希望の革命>が垂れ込めた暗雲を吹き払ったことにしている。日本人全体を汚染し続けていた精神的公害を一掃する正義の戦いが<希望の革命>だったとの位置づけ。
幸福の科学の第一経典とも呼ぶべきこの本に、業務妨害では裁判で負けているこのことを書くのはどうしてだろう?

『太陽の法』を読むと、幸福の科学というSF的、オカルト的な宗教が現代人に受けるのはなんとなくわかる。
しかし、小川朋子や景山民夫などのようにデモをしたり、全国の信者のように講談社へのファックス・電話攻撃など社会への威力行動を行う理由がよくわからない。

信者もどうして簡単にそんな行動をとるのか?
このあたりがカルト宗教のカルトたるゆえんかもしれない。
そういう行動をとるので「カルト」と呼ばれるのだろう。

この教団は教義そのものより、教団の運営の手法の方に問題があるのかもしれない。
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by ooginosatoeast2 | 2011-03-05 23:13 | 教義