幸福の科学の学校建設を考える

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カテゴリ:裁判( 2 )

別冊ジュリスト『メディア判例百選』有斐閣

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 幸福の科学は「訴訟カルト」と呼ばれることがある。
 古くは、マスコミを相手取った講談社フライデー事件での名誉毀損訴訟が有名だが、最近では大川きょう子氏の内部告発について、きょう子氏と報道した文藝春秋社と新潮社を相手取った名誉毀損訴訟もある。
 世間的にはあまり知られていないが、批判的言論威嚇目的で違法という判決になった訴訟もある。
 メディア判例百選で池田辰夫教授(大阪大学)が解説している。
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批判的言論威嚇目的での訴えの提起 -幸福の科学事件
東京地裁平成13年6月29日判決
(平成9年(ワ)第84号損害賠償本訴請求事件・第15567号損害賠償反訴請求
事件)
(判夕1139号184頁)
〈事実の概要〉
 X1(宗教法人一本訴原告=反訴被告)及びその幹部である施ら(本訴原告)は,2億円余に上る献金を脅迫により強制されたと主張され,元幹部のY1(本訴被告)により,Y2(弁護士一本訴被告=反訴原告)をその訴訟代理人とする損害賠償請求訴訟(献金訴訟)を提起された。Y2は,提訴記者会見を開くとともに,日弁連消費者セミナーにおいてX1に関する発言等をした。そこで,ⅩらはY1及びY2に対し,これらによって名誉を毀損されたとして,X1につき不法行為に基づく損害賠償金7億円,X2らにつき各金5000万円の支払を求めるとともに,Y2に対し,謝罪文掲載を求めて提訴した(本訴請求)。これに対し,Y2は,X1の不当な本訴提起により損害を被ったとして,X1に対し,不法行為に基づく損害賠償金800万円を求める反訴請求を提起した(反訴請求)。控訴審(東京高判平成14・5・27平成13年榊第4209号・第5423号)では控訴・附帯控訴ともに棄却,上告審(最決平成14・11・8平成14年脚第1344号・同絢第1377号)では上告棄却・上告受理申立て不受理。
〈判 旨〉
 本訴請求棄却,反訴請求一部認容。
「AはX1の代表者として,同教団に敵対する者に対する攻撃ないしは威嚇の手段として訴訟を用いるとの意図を有していたこと,本訴の請求額が従来のこの種の訴訟における請求額の実情を考慮したとしても不相当に高額であることが認められ,これに前記認定のとおり,本訴提起に至った経緯に関する……証言の内容が合理的な内容を有するものとは認められないことをも併せ考慮すると,本訴提起についての意思決定は,仮にそれがA自身によるものではないにしても,Aの意図を体現したX1の組織的意思決定としてされたものというべきである。そして,特に本訴が献金訴訟の提起からわずか2週間程度の短期間で提起されていることに照らすと,本訴提起の主たる目的は,献金訴訟を提起したY1及びその訴訟代理人であるY2各個人に対する威嚇にあったことが認められる。」「よって,X1は,主に批判的言論を威嚇する目的をもって,7億円の請求額が到底認容されないことを認識した上で,あえて本訴を提起したものであって,このような訴え提起の目的及び態様は裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠き,違法なものといわざるをえない。」
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 池田教授は、「表現の自由と裁判を受ける権利」「不当訴訟の中の独立類型としての批判的言論威嚇(抑圧)目的訴訟」の視点で解説している。

 表現の自由と裁判を受ける権利について、「(1)表現の自由は名誉毀損行為を放置するものではないし,他方,(2)利用者を装い訴訟制度を弄ぶことまで裁判を受ける権利として容認されるわけでもない」とする。
 (1)の名誉毀損の成否について、「自由な言論活動の保障との関わりにおいて問題となり,刑事上の責任において,真実性の要件を充足するときは違法性が阻却され,相当性の要件を充足する場合には責任が阻却されるものと解される。民事上の不法行為責任としても,同様に解される」。本判決も,「名誉毀損については,その行為が公共の利害に関する事実にかかり専ら公益を図る目的に出た場合には,摘示された事実が真実であることが証明されたときは,同行為には違法性がなく,不法行為は成立しないものと解するのが相当であり,仮に同事実が真実であることが証明されなくとも,その行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときは,同行為には故意又は過失がなく,不法行為は成立しないものと解するのが相当であるとして,先例を踏襲する」。
 (2)の点については,「節度ある訴訟制度の利用に向け,2つの方向での対応が観念される。1つは,制度設営者である国ないし制度を財政的に支える納税者に対する関係。これは,訴権濫用や申立権濫用として,訴訟制度利用の拒絶で示される。もう1つは,訴訟の相手方とされた者に対する個別賠償責任。いわゆる不当訴訟として,判例・学説でしばしば取り上げられる問題である」。

 不当訴訟の中の独立類型としての批判的言論威嚇(抑圧)目的訴訟について、「最高裁昭和63年1月26日第三小法廷判決(民集42巻1号1頁)が一般論として提訴の違法性の要件を示して以来,賠償請求認容判例群が形成されてきており,要件の具体化への道筋ができつつある。そこでは,相手方への賠償責任において具体的に何がクルーシャルな要因となっているか,また何が損害として認定されるのか,問題となる」としている。
 「こうしたなか,本判決は,Yらが本件記者会見において摘示した事実が真実であると認めることはできないが,Yらが摘示事実を真実と信じることには相当な理由があるなどとして,本訴請求を棄却しつつ,反訴請求につき,X1は,主に批判的言論を威嚇する目的をもって,その請求額が到底認容されないことを認識した上で,あえて本訴を提起したもので,訴え提起の目的及び態様は裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠き,違法なものといわざるを得ないとして,反訴請求の一部(100万円)を認容した。上記の判例群に貴重な事例を加えると同時に,さらに批判的言論威嚇(抑圧)目的訴訟という新たな独自の類型を成立させた」。
 その後,似たような訴訟として、東京地裁平成17年3月30日判決(判時1896号49頁-いわゆる武富士事件)があるそうだ。
 武富士訴訟では、「本訴の請求が認容される余地のないことを知悉しながら,あえて,批判的言論を抑圧する目的で行われた旨を判示したこともあって(慰謝料100万円,弁護士費用20万円を認容),この類型の認知度は高まり,定着を強く印象づけた」らしい。
 幸福の科学事件で、教団がどうして8億円もの額を損害賠償額としたのかよくわからない。教団はメディアごとの損害額を合計したと言っているが、真相はどうなのだろうか?  
 この裁判で裁判所は、訴訟の準備期間やこの高額な損害賠償額などで威嚇を目的とした訴訟であると判断したようだ。
 アメリカでは、威嚇に用いるような訴訟を禁止している州も多い。金銭的な脅しと、裁判による時間拘束によって訴訟相手を疲弊させる効果を狙ったものであるから、当然と言えば当然だろう。
 この手の裁判は大手の消費者金融会社、製薬メーカー、不動産開発業者など資金力のある企業が行うのが相場である。。しかし、日本ではカルト教団が判例を作った。
 幸福の科学というのが宗教団体として認められているというのが不思議だ。
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by ooginosatoeast2 | 2012-01-09 20:54 | 裁判

幸福の科学はカルトなのか?

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(2009年9月18日PJNewsより。表をクリックするとはっきりと読めます)

2009年9月18日のPJNewsには「幸福の科学は“カルト”なのか」という記事がある。

幸福の科学はカルトなのか。

ジャーナリストの藤倉義郎氏は「私自身は、カルトである可能性を念頭に置いて警戒すべき対象であると考えている」と書いている。

日本ではカルトの定義は明確でない。

藤倉氏によると、「カルト問題に取り組む人々の間でコンセンサスとなっている判断基準は、“人権侵害などの反社会的要素があるかどうか”である」らしい。

オウム真理教によるサリン事件や統一協会による霊感商法の数々の訴訟はわかりやすい典型的な例だ。しかし、藤倉氏は、「人の精神や行動を束縛し、その手段や結果に反社会的な要素があれば、私はカルトと呼ぶ」と言っている。

では、幸福の科学のどこが反社会的なのかについて、PJNewsの記事によると次の点だ。

(1)フライデー事件を反省していないこと

1991年の「フライデー事件」では幸福の科学の信者たちは講談社に乗り込んでハンドマイクでがなりたて、電話やFAX攻撃で会社業務をマヒさせた。
フライデー事件では、教団が原告となった訴訟のほかに、全国7つの地方裁判所で信者約3000人が講談社を相手取って訴訟を起こした。賠償請求額の合計は約30億円。教団が原告となった訴訟については教団が勝訴したが、個々の信者による訴訟は、フライデーの記事で実名を挙げられた作家・景山民夫氏と女優・小川知子氏について計60万円の賠償が認められただけで、ほぼ全敗。これによって、団体が名誉を傷つけたとしても個々の構成員に賠償請求権はないとする判例が確立された。

しかし、教団はこれらを<希望の革命>と呼んで反省はみじんもないのだ。


(2)常軌を逸した額の損害賠償を求めて訴訟を乱発してきたこと

幸福の科学は、これまでメディア以外に対しても手当たり次第に牙をむいた。1993年には、暴露本を出版した元幹部に対して、幸福の科学が1億円の支払いを求める訴訟を起こした(最高裁で敗訴)。95年には、教団の施設建設に反対していた栃木県の住民団体代表者を相手に、1億円の賠償金を求める訴訟を起こした(その後、取り下げ)。

1997年には、幸福の科学から献金を強要されたと主張する被害者の訴訟代理人・山口広弁護士に対して、8億円の損害賠償を求め提訴した(最高裁で敗訴)。山口弁護士を訴えた訴訟の判決で東京地裁は、提訴を「教団を批判する者に対する攻撃、威嚇の手段として訴訟制度を利用」しようとしたとして、逆に幸福の科学に100万円の賠償支払いを命じている。高裁で、この判決が確定した。

PJnewsに掲載されている幸福の科学が起こした訴訟の数々が上の表。
これは裁判所を、メディアや地域住民に対する「威嚇攻撃」の道具として使っているようにも思える。

藤倉氏はこう書いている。

宗教団体にも訴訟を起こす権利はある。しかし「攻撃、威嚇の手段として訴訟制度を利用」するのは、どう考えても反社会的だ。もはや“訴訟カルト”と呼ぶ以外ない。

幸福の科学の広報は
「うちは、もう10年くらい、訴訟もほとんどなく、おとなしくしているんですよ」
と言っているらしい。

では、最近おとなしいからもう安心なのか?

藤倉氏は「その後、ほとんど訴訟がない(新潮社を訴えたケースはある)とは言え、本格的な批判報道がない中でのことだから、“安全宣言”の根拠としては不十分だ」という。

要するに、安全でない理由は過去に起こしたことに対する反省がないからだ。
反省がないところに同じ行動を引き起こさない保証はないというのだ。

「批判報道がない現状自体が、そもそもフライデー事件の威嚇効果なのではないか。幸福の科学の関連サイト<幸福の科学 法務室>には、彼らの対メディア闘争の歴史が記されているが、高額な賠償を請求した濫訴への反省はない。フライデー事件の頃にはなかったインターネットが普及し、一般市民の言論の幅が広まっている現在だからこそ、反省なき“訴訟カルト”は、よりいっそう警戒されるべき存在だろう」(PJNewsより)

たしかに幸福の科学のホームページには法務室というページもある。
これがとても詳細に書かれているので、法律の素人が一通り読んだけでは問題がわからないように思う。

しかしよく読むと、自分の負けた8億円損害賠償訴訟などは「誤判」と断定しているし、フライデー事件については、マスコミ報道を「精神的公害」と決めつけ、自分たちの行動を<希望の革命>と呼んでいるのだ。

事実と照合して判断しないとわからないように、<法務室>のページは巧妙に作られているのだ。

法律に対して、こういう感覚の団体は、もはや地域社会と平和的に共存することは不可能だと思える。

PJNEWSの記事はこちら
幸福の科学は“カルト”なのか 2009年09月18日 06:20 JST
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by ooginosatoeast2 | 2011-01-16 08:15 | 裁判